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| 1999/08/16 |
| 例のトロッコ道は、坑口前の広場から小さな鉄橋で沢を渡り、さらに海の方向へと続いていました。 |
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| 1999/08/16 |
| 本山五坑より先の区間はコンクリートで舗装されていて、過去にレールが存在したことを示す直接の証拠はありません。ただ、他の道と違って等高線に沿って建設されていることやカーブの具合、幅員などから推測して、これが昔の線路跡だったとしてもおかしくはないな〜と思いました。 |
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| 1999/08/16 |
| トロッコ道の終点。地形はここで海へ向かって急に落ち込んでおり、斜面にはインクラインの跡が残っていました。レンガ造りの遺構には「天車間」という説明書きが添えられていたことから、おそらく鉱車の上げ下げをつかさどる巻き上げ装置があったのでしょう。斜面の下は旧深澳線(1989年頃に廃止)の濂洞站があった場所で、一帯で採掘された鉱石は、同駅経由で瑞芳または八尺門(基隆)へ運ばれていたものと思われます。 |
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| 1999/08/16 |
| 本山五坑とは尾根を挟んで反対側に位置する長仁三番坑からもトロッコの線路が来ていたのでしょうか。途中にあったトンネルは幅といい高さといい、鉱車が通るのにはぴったりの大きさに作られていました。 |
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| 1999/08/16 |
| 長仁三番坑跡。こちらは本山五坑とは異なり、露天掘りが行われていたようです。 |
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