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自己紹介 |
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| 本名 |
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米沢光敦 |
| 生年 |
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1970年7月 |
| 地址 |
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千葉県佐倉市 |
| 趣味 |
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鉄道と写真と台湾ウォッチング |
| 愛機 |
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ミノルタのAF一眼を使っていた期間が一番長いです。でも、最近はペンタックスの一眼レフに少しだけ浮気しています(^^;。 |
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●台湾のこと
正直な話をしますと、1997年の夏に初めて渡台するまで、私は台湾の「た」の字もない生活をおくっていました。もちろん、台湾に親戚や知人がいるわけでも、台湾と関係のある仕事をしていたわけでもありません。
今だから白状しますが、最初に台湾旅行を計画したときも、これといった名所旧跡もなさそうだし、行ってもすぐに飽きるだろうと思って、全6日の行程のうち2日を、仲間とは別行動でわざわざ対岸の香港と深[土川]の観光に充てたくらいです。
ただ、いつの頃からかは分からないのですが、台湾に対する漠然とした"憧れ"のようなものだけは持っていました。もしかして子供のときから親しんでいた台湾バナナや炭鉱のトロッコ、後述する平溪線のイメージなどが重なり合って、知らず知らずのうちに台湾という土地に対して"宝島"のような姿を思い描いていたのかも知れません。
●トロッコのこと
まだ自分が小学生だった頃に見た鉄道雑誌に、先端が三角形に尖った奇妙な麦わら帽子(?)をかぶった歐巴桑が一所懸命、トロッコを押している写真が載っていました。そのときは正確な場所は分からなかったのですが、亜熱帯のジャングルを思わせるような深い森や、湿気を含んだ空気感、エキゾチックな街の雰囲気など、日本と似ているようでどこか違う、不思議な情景がそこにありました。
その後、大学時代に買った軽便鉄道の写真集の中に再び同じようなカットを見つけて、私はすっかりその世界のとりこになりました。埃っぽい土の道とへろへろの線路、傾いた架線柱、石炭を満載したトロッコの列、正面から見るとちょっと怖い"一つ目"の電気機関車…それは初めて根室拓殖鉄道の「銀竜」号や花巻電鉄の「馬面電車」、南大東島のサトウキビ列車の写真を見たときと同じ興奮でした。
写真集にあったコメントから、撮影場所が台湾北部の炭鉱であることはすぐに分かりました。「新平溪煤礦」や「重光煤礦」といった名称を知ったのもそのときが最初です。しかし、生まれつき物事に対して慎重な性格から、海外旅行なんて考えたこともなかった私にとって(当時、国内のローカル私鉄を追っかけるのに夢中になっていました)、それはあまりにも日常から離れた存在であり、遠い海の向こうの「心象風景」の一つとして、記憶の引き出しの中にしまわれるにとどまりました。今にして思うと、ひどくもったいないことをしたとちょっぴり後悔しています。
●天地有情…平溪線十分のこと
台湾の鉄道情景といえば、もう一つ忘れられない思い出があります。今からもう20年近く前のことになるでしょうか、あるとき自宅でテレビを見ていたら、それまでの騒々しい画面とは打って変わって、とても静かで味わい深い映像が流れてきました。
雨の降る山間の小さな駅、列車から降りた男性が雨に打たれてホームを駆け下りる。雨を避けて軒先で洗濯物を干している若い女性。やがて場面が一転して、先ほどの男性と女性が仲良く傘を差して歩いている。バックには藍色のディーゼルカーとタイホーン…確かそんな映像だったと思います。株式会社日本触媒という会社のイメージCMでした。
最初、それは日本のどこかのローカル線で撮られたものだと思っていました。長崎や北九州あたりの、今はもう使われていない貨物線か何か。でも、繰り返しその映像を眺めてみると、国鉄のキハ11に似た藍色のディーゼルカーも、線路に面して両側に民家が立ち並んでいる街の佇まいも、日本のそれにしてはどこか変です。
やがてディーゼルカーの青に白帯の塗装から、それが台湾鐵路局のものであり、ロケ地はどうやら台湾のローカル線らしいということが分かりました。その場所が平溪線の十分站であることを知ったのは、もっとずっと後になってからのことです。しかし、雨に煙る十分の街と平溪線の藍色のディーゼルカーのイメージは、断片的ながらも、新平溪煤礦や重光煤礦のトロッコと共に、台湾の「原風景」として、私の心の中に深く刻まれることになりました。
●廃線跡のこと
台湾とはちょっと離れてしまいますが、私が本格的に鉄道の廃線跡を歩き始めたのは、大学生の頃だったと思います。後続列車の接続を待つ間の"暇つぶし"として、かつて飯田線の本長篠駅から出ていた田口鉄道(豊橋鉄道田口線)の廃線跡を歩いたのが一つのきっかけでした。
一般的に鉄道の廃線というと、「死」「終焉」「廃墟」のような、どことなく陰気なイメージがつきまといます。確かに草むした道床や土に半分埋もれかけたホーム、朽ちてボロボロになった駅名標など、人々に見捨てられ、自然に回帰しつつある様は、一見すると惨めな「死」そのものです。でも、少し視点を変えてみると、廃止されてもなお自らの存在を主張せんとする、一種の「逞しさ」や「力強さ」にも似た前向きのエネルギーを、その中に見出すことができるんじゃないか、少なくとも私はそう考えています。
これは鉄道に限った話ではないのかも知れませんが、ある路線なり施設なりが現役である間は、テレビや雑誌などに取り上げられて、情報も割と豊富に入ってきます。しかし、用済みとなった物件に対しては、世間の目は一様に冷淡。廃止された途端に誰からも無視され、永遠に忘れ去られてしまう…そんなところがあります。でも、たとえ時刻表や地図の上から名前が消えたとしても、それはこの世から完全に無くなってしまったわけではなくて、今までとは違う形で確かに"存在"しているんですよね。そうした見えるようで見えない、消えたようで消えていない、日没間際の薄暮の風景のような曖昧模糊とした雰囲気に惹かれました。
そして、何と言っても廃線跡の探訪には、現地へ行ってみないと分からない「発見」の楽しみ。人々に捨てられた存在の中に、何か大切なものが見つかるかも知れないという、一種の"わくわく感"のようなものがあります。今でも電車やバスに乗っていて、車窓からいかにもそれらしいカーブを描いて彼方へ消えていく錆びたレールを見かけると、ついその跡をたどってみたくなる衝動に駆られます。
●もっと知りたい台湾
1997年夏、私は友人3人と共に初めて台湾の地を踏みました。旅行中、あまり良い天気に恵まれず、加えて大型台風の歓待を受けるという"おまけ"まであって、それは私にとって必ずしも満足できる内容ではありませんでした。むしろ現地ではマイナスの印象のほうが強かったように思います。
しかし、東京に戻ってしばらく経った後、なぜか台湾のことが無性に気になって仕方のない自分を発見しました。ひょっとして最終日に小雨の降る中、一人で平溪線のディーゼルカーに乗って、十分站の併用軌道と閉山直前の重光煤礦を訪ねたのがいけなかったのかも知れません。最初はすぐに飽きるだろうと思っていた台湾ですが、自分では気付かないうちに重度の"台湾熱"に罹患し、日本に帰ってから一気に発病したようです。
まもなく私は、毎日の新聞に何か台湾関連の記事が載っていないか、チェックするようになりました。でも、しばらくして分かったことですが、台湾ではあれだけ日本の情報で溢れかえっていたのに、日本のマスコミで台湾の話題が取り上げられることって少ないんですよね。あっても3日に1回くらい、それも海外面の隅っこのほう、あたかもそこにあってはいけない存在であるかのように本当にちっちゃく…。
人間とは不思議なもので、入ってくる情報が少なければ少ないほど、それに対する飢餓感はつのる一方のようです。台湾のことがもっと知りたい、何でも知りたい、そこに住んでいる人たちの生活や考え方、島の歴史、経済、社会のこと全部。おかげで新聞の中に台湾の「台」の文字を見つけると、すぐに反応するという妙な癖がついてしまいました。もっとも、「あ、台湾の記事だ!」と思って飛びつくと、「大型で強い"台"風16号は…」とか「フジテレビのあるお"台"場では…」なんて文章だったりして、がっかりすることも多いんですけどね(^^;。
●一体、いつになったら飽きるのか…我愛台湾☆
あるとき、知人から「昔、台湾へ遊びに行ったとき、台北の駅前で配っていた」と言って、1996年春の総統選挙の際に使われていた小旗をもらいました。
旅先であちこち持ち歩いている間に痛んでしまったのでしょうか、先がちょっと曲がったプラスチックのポール…旗の真ん中には白地に赤い文字で「李登輝」「連戰」と書いてあります。おそらく選挙の期間中、同種の小旗が台湾全土に何万本とばらまかれたんだと思いますが、一種の季節限定モノだと思うと、何だかとても嬉しくてたまりません。
以前、日本の流行やアイドルに熱をあげている台湾の若者のことを指して「哈日族」なんて言葉がありましたが、台湾の選挙グッズをもらって喜んでいる私は、それとは正反対の、まさに「哈台族」そのもの。聞くところによると「哈日族」の「哈」は、台湾語の発音を漢字に置き換えたもので、言外には「物事の善し悪しを区別せず、ただ盲目的に流行を追いかける」という悪いニュアンスがあるとか。この台湾のものなら何でも良いという私の困った台湾熱、もう発症から10年近く経つのですが、いつになったら冷めるのでしょうか。
φ(.. ) written by Yonezawa Mitsunobu "けてる"
from Sakura city... E-mail ilha-formosa@hotmail.co.jp
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