車[土呈]
2003/09/15
古くからダムの建設や木材加工の基地として発展してきた集集線車[土呈](開業当時の駅名は外車[土呈])站。日本統治時代、ここから山を一つ越えた埔里糖廠までの間に、490mm軌間の人力軌道が敷設され、バナナなどの農作物や砂糖を積んだ台車が行き交ったことから、車[土呈]の地名が付いたと言われています。残念ながら埔里に至る手押しトロッコは現存しませんが、車[土呈]站の周辺には、当時の繁栄を偲ばせる数多くの遺構を見ることができます。
■交通案内
台中から 西部幹線二水站で集集線に乗り換え、終点の車[土呈]站下車。
集集線接続時刻表
1.
最美的小站−集集線車[土呈]站の木造駅舎
2.
車[土呈]站近くの製材所に残るトロッコの遺構
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