|
|
| 2002/01/04 |
| 工場前のヤードに職を失った甘蔗車が大量に集められていました。踏切番や作業員の姿で賑やかだった詰所の建物も、現在は人の気配が全くありません。 |
|
|
|
| 2002/01/04 |
| 広大な敷地の中をどこまでも続く黒い貨車の葬列。枯れ草の間から顔を覗かせているダルマがどことなく悲しげです。 |
|
|
|
| 2003/12/30 |
| 新營站近くの線路脇に放置されていた1両の罐車。先を急いでいたのですが、寂しそうなシルエットがどうしても気になって、そのまま通り過ぎてしまうことができませんでした。側に寄ってみると、鉄錆に覆われたタンクの中央に「臺灣糖業公司臺東糖廠」、その上にはさらに「P20MT」の文字を読み取ることができます。帰国後に調べてみると、台鐵線への直通用に製造された糖蜜罐車(P20MT100型)のようでした。 |
|
|
|
| 2003/12/30 |
| 南国の強烈な日差しに長期間さらされて、すっかり色が褪せてしまった給油機と錆びたドラム缶。 |
|
|
|
| 2003/12/30 |
| 視界を遮っていた甘蔗車の姿が消えたことで、ヤードの一角にぽっかりと生まれた空間…よれよれのトタン板で屋根を葺いた粗末な巻き上げ小屋が、周囲から取り残されるようにぽつんと建っていました。 |
|
|
|
| 2002/01/04 |
| かつて粗糖の生産ラインがあった場所へ行ってみると、大型の重機が鋼鉄の腕を振り回し、建物を片っ端から解体している真っ最中でした。製糖工場の象徴だった背の高い煙突とも、これで永遠にお別れです。さようなら、新營糖廠、素敵な思い出をありがとう! |
|